い草の歴史 ~奈良時代から平成まで~ その1 : 海を渡って来た、い草 株式会社 大島屋 シマホWEBマガジン 総合版

シマホWEBマガジン 総合版

シマホWEBマガジン 総合版

シマホWEBマガジン 総合版

グル―パーズ ニュースサイト

い草の歴史 ~奈良時代から平成まで~

敷物

株式会社 大島屋

株式会社 大島屋

株式会社 大島屋

2017-6-5

409 view
い草の歴史 ~奈良時代から平成まで~ - その1 : 海を渡って来た、い草

その1 : 海を渡って来た、い草

夏になるとホームセンターやインテリアショップにい草のラグやクッションが並び始めます。

ひんやりさらさらとした触り心地、癒される独特の香りは暑い夏にぴったりで、近年では和室だけではなくリビングに敷かれるご家庭も増えているようです。

畳の材料として知られるい草、なんとなく昔から日本にあるようなイメージですが、はたしてどこからやってきてどのように日本に定着したのでしょうか?



い草の原産地はインドと言われています。

シルクロードを辿って朝鮮半島に入り、その後日本に伝わったようです。

時代は奈良時代(710年~794年)
 い草敷物に用いられ、近江地方(現在の滋賀県)を中心にい草栽培が始まります。

い草の歴史 ~奈良時代から平成まで~ - その2 : 日本でのい草の普及

その2 : 日本でのい草の普及

平安時代(794年~1185年)
 天皇や貴族の間で畳が使用され始め、板敷きの間に座具や寝具などとして置かれるようになります。この頃はまだ敷き詰めるような使い方ではなく、必要な部分にのみ畳を置いていました。

鎌倉時代~室町時代(1185年~1573年)
 書院造が完成し、武家屋敷にも畳が使用され始めます。座具であった畳が建物の床材になり始め、部屋全体に畳を敷き詰める使い方になっていきます。

安土桃山時代~江戸時代初期(1573年~1690年)
 茶道の発展に伴い数寄屋風(茶室を取り入れた住宅様式)の書院造に変化していきます。
茶室建築から畳はやがて町人の家に引き継がれていき、正座が行われ始めます。

江戸時代中期(1690年~1780年)
 1600年代後半から、い草栽培の中心が広島地域に移ります。畳を管理する『御畳奉行』という役職が作られ日本建築にはなくてはならないものとして広まっていきます。

江戸時代後期(1780年~1868年)
 畳の職人制が確立。

明治時代(1868年~1912年)
 農村部や小さな集落などに畳が普及し始めます。
岡山地域でい草の栽培が盛んになり、1967年まで全国最多生産量を誇ります。

昭和
 1968年から熊本地域がい草栽培の中心地になります。1970年頃からは韓国や台湾でい草栽培が始まり、1980年頃からは中国の寧波地域などでの栽培が始まりました。

平成
 1993年頃からは中国生産が日本を上回る栽培面積となりますが、その中国産地も畳み需要の減少により2003年をピークに減少しています。
現在は国内生産量の約90%が熊本で生産されています。

西洋の建築が取り入れられ、和室からフローリングに変わり、い草を身近に感じることが減ってきているように思います。

時代に合わせて形を変えてきたい草敷物

ひと夏だけでもい草を敷いて、その歴史に思いを馳せてみるのも夏の楽しみ方の一つかもしれませんね。

い草の歴史 敷物 い草

株式会社 大島屋

株式会社 大島屋

大島屋 関東営業所営業 野里圭吾